nikki_20230606「Compilation Album『合成音声のゆくえ』」

 

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新進気鋭のボカロPたちが送る、これまでにないボカロ・ポップス・アルバム!

合成音声「ボーカロイド」に端を発して拡がっていった音楽表現。
発展をなおも続ける文化を象徴するような、
さまざまな合成音声による珠玉のポップスが勢ぞろい!
歴史に残る名盤が、今ここに誕生!

 

このような文章を冠して発表された9曲入りのアルバムがよくて、感想をまとめておこうと思ったのだけなかなか書けてなかったので書きます。こんな文章を書いておきながら実物の通販を忘れていてサブスクでしか聴けておらず……。ひとつの曲のなかの一番グッとくる部分が際立っている曲(泣きポイント)が多い印象があり、それに触れたり触れなかったりして書きます。

 

歌詞一覧

kitsuneri.studio.site

 

あちこちデートさん -- 駄菓子O型 

全体的にコード進行の浮遊感がよくて、泣きポイントは1番サビ前のいったん静かになるところ、全体的に陽気なようでいてここでぐっと距離が近くなるような感覚があってすごい。あと2番サビあとの間奏のいったんごちゃごちゃしてから四つ打ちになるのとか(リズムが変わって四つ打ちになるの好きすぎるので)、Cメロでボーカルだけになるところのハモリとか、転調などなど随所がテクいのだけど歌っていることは「あなたと色んなところに行きたい!」というシンプルなメッセージなのいい。

 

UnderWhite -- 千石ナタデコ子

巻き舌っぽい調声、ミクの声そのものが音楽の一部になっているみたいで面白い。韻を踏んだり語感のほうに重きを置きながらもストーリーを綴っている歌詞の技術がすごくてすきです。特に最後のほうの「UnderWhite」「こわい」を繰り返すところなんかはその極致かなと思ったり。ストリングスとかシンセの音とか生ドラムとかいろんな音が鳴っていて、サビのリズムの取り方も一辺倒でいかない感じが面白くてすき。

 

telo sewi -- とりぽちゅん

なんといっても架空言語の響きや韻まで考慮して歌詞をつくり、それをボカロでやってるのが本当にすごい。吹奏楽やっていたころはマーチってとても馴染み深い形式だったので、そういう個人的ノスタルジーもあります。ともすれば単調になりかねないマーチですが、これは吹奏楽でなくオーケストラ形式でいろんな楽器と展開があって楽しいし、それだけDTMの強さも伺える……個人的にはずっと横でチャカチャカ鳴っているバンジョー?が陽気ですきです。

 

パレードが呼んでいる -- Camelots

このコンピではサビの前でいったん静かになる構成が多めな気がする。あと2番の途中からハーフテンポ?でスイングしてるのよすぎる。泣きポイントはラスサビに入る手前と、アウトロでオルゴールだけになるところで、オルゴールでぐっと心を掴むのを一番いい場所でやっている。用いられるブラスだったりピアノだったりギターだったりの音作りの完成度が高くて、これらはポップスでも定番の楽器ゆえ、この曲は収録曲のなかでは一番王道ポップスな感じになっているなと思いました。

 

ヨシゴイ -- 河相遊胤

歌詞がかなりテクいというか、サビの韻の踏み方とかすごいので、聞いていてとても気持ちがいい。もうどこを引用するか迷うほどに随所のワードセンスもすごいので、歌詞を見ていただきたい。自分が詩歌に感動する心理の根底には常に「自分だったらこの単語の組み合わせは思いつかないだろ……」という感情があるのだけど、これはずっとそんな感じ。途中でもつれるリズム、イントロの中華っぽいリフと、ジャズっぽいリフの掛け合い、サビ終わりのサンバっぽいところ?、もありつつサビは王道キャッチーなポップスですごい。

 

メシいくか -- キツネリ 

キツネリさんの声はぱっと聴いて分かる個性があってすごい。たとえば可不あたりはどんな曲にも合うような声質であること、ソフトの操作性などで個性を出すのが難しい印象がある(個人の意見です)のだけどキツネリさんはそれを出すことに成功している。こんなラップみたいなのどうやってやってるんだろう、ジャンルがよくわからないけどレゲエだろうか、これをボカロポップスに取り入れていい感じに融合させてるのも本当によい。歌詞はゆるくもありつつ、テーマに沿った単語での韻の踏み方も気持ちいい~

 

うつろいかぎり -- そぞろまる

随所から鳴っているシンセの音などやボーカルのハモリ、たとえば最後のほうの展開からhyperpopとかそこらへんを思いつつ、サビのストリングスふくめてポップスらしさも汲んでいる。こういう尖った音像をやりながらキャッチーにできる人にとても憧れる、本当に……。「シャッターチャンスは与えない!」ってキラーフレーズですよね、これをここぞというサビのはじめでぶち込んでくるのかっこいい。

 

エル -- 二錠

ストーリーまで分かったわけではないのだけど、ナースロボ_タイプTの声が曲にも歌詞にも非常にあっている。エレクトロニカっぽいあちこちで鳴っている音、日本語が破綻しているような、きれぎれに言葉を漏らすような歌詞、だんだんとそれこそ薬が溶けだしていくような展開、すべて合わさっておそらく病棟?の世界を形作っているすごさ。ピアニカが鳴るところが泣きポイントだけど、それもこれまでの展開ぜんぶ合わせて生きているんですよね、曲自体が息をしてるみたいな手ざわりがある。

 

まどの景色は -- 濁茶

泣きポイントは2番の途中から入る間奏で、ハーフテンポに落として泣きそうなメロディーを聞かせてから四つ打ちになるところですごいグッと来てしまうというか、実際に何回か泣いています。最後のほうの歌詞「哀しいことは/哀しいままで 持っとくから」に呼応してるみたいで、悲しいようなメロディと思ったら四つ打ちになって、それでも電車は進んでいく感じが出てくる(これは先行するあるいは地下鉄の~の影響もある)。でも、それでも、どんなことがあっても、まどの景色は変わってくんだよね、進むんだ……と分かってきて、こうなんというかポジティブともネガティブととれぬ、ただただ世界とも人生とも名のつかぬ得体のしれない大きな流れの総体が身体にのしかかるような、濁流が身体のなかに流れ込んでくるみたいな気持ちになって、それが涙になってしまう。1番Bメロとか、ラスサビ前とかの一旦回想みたいになるところ、あと最後にもう1回Aメロがきてちょっとだけ歌詞が変わる構成(好きなやつ)も全部使って揺さぶりに来てる曲で、これが最後の曲なのも本当に良い。

 

 

 


全体を通して「合成音声のゆくえ」というタイトルにまさにふさわしいラインナップになっていてすごい。題だけだと大見得を切っているようで、聴いたらこれで間違いないかもと思える内容になっているわけで……。私の観測範囲が変わっただけの可能性もありますが、エレクトロスイングなど似た曲調が流行って皆が寄せていくみたいな時代と比較して、こういう尖りや個性を入れた曲がより評価されたり観測しやすいようになっているなと思います。それは作る側だったり、聴く側だったり、イベントだったりが成したものだなと思っていて、そんな雰囲気がここに結集しているようで、その流れに貢献出来たらなという気持ちもこめてこの文章を書いた次第でした。