nikki_20240524「新房昭之『魔法少女まどか☆マギカ』(2011年)6話まで」

 

魔法少女まどか☆マギカ」のテレビアニメシリーズを去年の9月末に6話まで見て止まっている。感想を書いた理由はふたつで、単に最近ここを更新できてないからと、これを書くことで再視聴するモチベーションを作ろうという目的がある。9月に実況形式でメモしていたものを補完しつつ書いてみるけれどなにせ半年前なので忘れている点が多く、見返しながらそういうシーンがあったのかと思い出す始末なので、間違っているところもあると思う。

 

1話
まどかの家が広く、やたら椅子が多いのはなぜ
母親の化粧品にいちいち数字がふってあるのはなぜ
母親が仕事に出るとき父と弟にはキスするのにまどかにはしていない?
主人公が謎の事態に巻き込まれて颯爽と助けられる1話はプリキュアを連想させるが、上で述べたような小さな違和感だったり敵の造形が不穏な印象がある

 

2話
きゅうべえが味方、暁美ほむらが悪者っぽくなっており、そう誘導するように話が進んでいる印象がある
マミさんの家は一人暮らしなのに椅子が3つあるのはなぜ
まどかの書いた魔法少女のイラストが出て来るが、目が塗りつぶされた黒い丸で怖い。edクレジットをみる限り悠木碧氏の絵らしいが、どういう指示で書いたのか気になる

 

3話
1,2話からEDを変えていることからもはっきりと2話まで釣って3話で落とす思惑がわかる。巴マミの死亡も流石に知ってはいたけど、しっかりフラグを立ててから殺していて本当に嫌だった。なんかこう「絶望しただろう」みたいに嘲笑われている感じでむかむかする。こういう明るいので釣って落とすみたいなの、いまは珍しくないけど放映当時は斬新だったのだろうか。鬱アニメを明るいアニメですみたいに紹介するのも嫌いだから、この展開も実際に見せられると腹が立った。

 

叶えられる願いに対してまどかは、何もできない自分がいる→魔法少女になるだけで他人の役に立てる→だからそれで願いは完結するという論理を言っていて、こういう思春期特有の自己肯定感の低さにつけ入っている感じも嫌だと思う(誰の何に対して嫌なのかはわからない)。

 

マミさんのキャラというか、明るく振舞いつつほむらに対してはちょっと声色が変わる二面性?みたいなのがよかった。でもほむらをリボンで縛り付けるのとかはちょっと怖い(と9月当時は書いていたがそもそも視聴者は何も知らないまま死亡シーンを見せられたのでちょっとどころの怖さではなかったと思う)。こんなの見せられたら嫌なのに、なお魔法少女を希望しているまどかは狂ってる。

 

4話
マミの死亡を目の当たりにしたまどかが「ここでやっぱりやめるなんて虫が良すぎるよね」というようなことを言っており、別にそうではないと思った。全体的にまどかは自分を責め過ぎだし(これはそのままあとでほむらが言っていてよかった)で、そういう極端に自分を責めているのをみると腹が立ってしまう。この点についてまどかのキャラ造形は優しすぎる、優しいのがいいみたいに当時賛否両論だったという話を(2024年の)最近どっかで読んだ気がするのだけど出典が思い出せない……。

 

まどかがマミの家をあとにしてほむらと歩く夕方のシーンの影がでかい。全体的に背景に対して人が小さいし、結果として人がすごいまばらな感じになっててなんなんだ

 

恭介が入院している病室に本がたくさんあるし、あとこれは5話で思ったけど病室にもいろんな椅子があって気になる。ぬゆり「命ばっかり」のMVを思い出す。

 

5話
ほむらとまどかがファーストフード店で話すシーン、コップの蓋の水滴の描写がやけにズームされるのよくわからないけど良い
どのシーンか忘れたけどきゅうべえの影がちゃんとあった。他人には見えない設定とどう関係しているのか気になる
まどかとさやかが歩いているシーンで車が4車線にまたがって同じ方向に並走していて笑った

 

6話
相変わらずまどかのピュアさが見ていてもどかしくも愛しくもある
杏子は口は悪いもののお菓子が好きだったりしてキャラとしてよい
最後の歩道橋もなかなか変なつくりになっていてすごく、全体的に街が物語のために作られてるみたいになってない?
ソウルジェムを歩道橋から投げ捨てるところでもなんでこんなひどい展開を続けるのかと思って見たくなくなった

 

アニメを見て無さすぎるので、何気に1話で完結せずに本当にひとつの大きな物語が12分割されているタイプのは初めて見たかもしれない。うそ、『Fate/stay night』があったけどそこまで印象には残っていない……。こういう暗い話だと次の話で救われるのか?という期待で次へ次へ見てしまうみたいなのはあるかもしれない。

 

抗いようのない運命で不幸になっていくのって本当にきつくて、災害に巻き込まれて死ぬ人を強制的に見させられてるような嫌さがある。でも元凶は別に悪意とかではないのかもしれず、マミの事故とか恭介の病気とか、(現時点で判断できる要素からは)根本にある原因は不条理である。きゅうべえも煽り口調っぽくて確かにイライラするんだけど、あれが悪いというより属しているシステム自体が不条理な感じがする。でも何かを切望している少女を狙ったり、目の前で傷つく仲間を見せたり、手口は狡猾で悪いなと思う。

 

nikki_20240508「最近見た動画」


【完全ランダム】日本のどこかから所持金0円スタートで愛知県に帰ってもらいます。

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普段から見ているわけではないがこういうダーツの旅的なものは好きなので見た。同じような理由で限界旅行 かいもん氏の現地訪問縛りのジオゲッサーhttps://youtu.be/quNbzP0G1Bo?si=NvDeK0CzY3Y7eswq の動画も好き。やはり知名度からファンがたくさん集まるが、大きな力添えとなったのは特に大ファンというわけではない一般の人なのが良かった。もちろん企画として大ファンの人が出て来て貢いで終わったらよくないし、カットした部分もたくさんあるのだろうけど。

 

2番目に出てきた司法書士の方の人間としてそして同業のyoutuberとして対等に接している感じが好きだった。私は全く作品を知らないのに聖地に行ってみたり・ミームを見て笑ったり・イラストを見たりという行為に罪悪感を抱きがちなので、ハイキューを全く知らずに聖地を回るくだりで二人が「原作を知らない」という観点で団結して対等になる感じにちょっと勇気をもらえた。

 

THREE THE HARDWARE 6-4 Please Insert Zip Disk.

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tofubeats氏による、ゲストがサイコロの出目によって金額を決定し、ハードオフで機材を買って曲を作るという企画(リンクは最新回)。長く続いているチャンネルかつ企画だけど自分が見始めたのはコロナ禍のオンライン版からで、機材を買って作るシリーズは初めて見ている。

 

音楽製作は趣味のひとつだけど、ハードの機材に馴染みが無いのでぜんぜん知らない世界として見れて面白い。最新回で出てきた王将は何回か前を通ったことがあったり、見覚えのある景色が出てくる。「6-3 4人も音楽やってる奴集めてさ」では集まっている人全員(クラブミュージックで活躍している4人)とも楽器が弾けない・楽譜が読めないという話があり、それでも音が出ればいいんだからという話があってよかった。周りでテクノあたりに興味のあるひとも似たようなことを言っていた覚えがある。音楽理論などよりとにかく鳴る音の質感にこだわる印象があって、みんなそう考えるのだなと思う。良い話である。

 

【魔法】発見!バーティカルリミット.BURST攻略のカギ!森本世代集結@内宮パーク

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最近サスケの動画をたくさん見ているが、単に人が落ちたり渡り切ったりするのが面白いというスーパーマリオみたいな感覚で見ている。なのであまり人間ドラマとか歴史とかに興味はなく、むしろ泣いているシーンなどを冷ややかに見てしまう自分がいて複雑である。ただ普通に今年はちゃんとリアルタイムで見てみたいなと思えている。ここまで挑んでいる人がいて毎年最後まで行ける人は1人いるかいないかという難易度調整や、選手側が対策をしてくるのに対して不可能でない程度に毎年変更が加わるのを見ているとクイズやミステリの犯人当てを彷彿とさせる。この動画ではセットを再現した内宮氏が登場していて、私は参加して日が浅いのにベテランの方々と砕けて接しているのを見てひやひやしてしまった(そういう人に苦手意識がある)。でもそれもまたサスケの面白さなのだろう。

 

セ〇レ400人とオフ会しました in Japan

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下ネタを叫ぶ動画をあげている中国の人が日本に来てファンに会ったという動画。本人も動画内で言っているが比較的若い層ながら老若男女問わず来ているのがすごく、下ネタはみんな好きなんだな……という感慨があって暖かい気持ちになった。

 

カッコいい理系用語を募集したら3000件以上コメント付いたので1位決めます

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言葉について話すこと、言葉について話しているのを見るのが結構好きである。だから詩とか読んだり歌会など参加するのは面白いと思っている。でもそれは逆に言葉であればなんでもよくて、詩が好きというわけでもないのかもというのも同時に不安として持っている。この動画は言葉であればなんでもよい、を体現したように理系用語を語感のかっこよさだけで議論する動画である。見ながら自分だったら違うななどと思えるので楽しかった。同様の理由で次に述べる雷獣の国語のセンス、チャンネル改名、存在しないあるあるの回も昔に見て好きだった。

 

永遠が活動を休止します

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メンバー内の内輪や政治にあまり興味がなく見たくないというのがあって、前述した企画ものばかりたまに見ているのが雷獣ではあるのだけど、これとかべさんが休職する動画は流石に見てしまった。永遠氏はバイタリティがとてもあって、メンバー内に反例があるようにもちろん医学部はみんなこうではないのだろう。ただ私が知っている人間も見ていて思うに、医学部の人は方向は違うだけでバイタリティのある人ばかりだと思う。本当に尊敬する。かべ氏の休職は自分も働きたくないと思うばかりで、私の父も休んだ方がいいと言われて心が折れた経験があるらしいので分かる話だった。これからも動画が見られたら言うことはないです……。

 

yurinasia : 東京事変

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この人たちのダンスは比較的見ていてというか前にも日記で言及してからずっと見ているけど相変わらずかっこよく、毎週絶妙にそれを踊るのか~と思わされる。これも踊られると謎に説得力が出てくる感じがしてよかった。やっぱりこれ最後にテンポを上げて繰り返すのがかっこいいですね。

 

【 ロケVTR 】 300人前カレーを作る⁉️🍛社員さんにごちそうしてみた✨

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vの動画もあまり見ないが、ショート動画でダンスが流れてくるのはとてもありがたい。あのときだけ笑顔になるし、それ以外の動画は全部真顔で前座として見ている。これは単に気になったから見てみたが、後半に社員のインタビューでカレーの感想を聞くのかと思ったら一切聞いてなくて笑ってしまった。カバー株式会社の部署や仕事の紹介になっており、就活しているような気持ちになった。作ったカレーを食べてもらう場面はいわば会社の内輪イベントを見ている不思議な気分だった。これだけ社員がいるのは黎明期から考えるとすごいことだと思うと同時に、インタビューで仕事を聞くとぜんぜん人が足りてないことが分かる。複雑な気持ちだった。あと星街氏がにんじんが嫌いというくだりがあり若いのだと分かった。カレーのにんじんって甘いのになぜ嫌いなのか分からない……。

 

💞Girlish Lover #歌ってみた #踊ってみた 

youtube.com

笑顔になった動画。

 

想像だけで「バグパイプ」を作ってみたかった!!【無念】

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これと火おこしとセミを食べる動画を見て面白かった。こういうDIY系は試行錯誤の面白さが分かるからよいし、セミを食べる動画から、なんというか何かが吹っ切れているというかそういうサバイバル?とかに向いた行動力とか逞しさのある人なのだなと思った。

 

そういえばニコニコプレミアムを解約した(お金がないため)。youtubeプレミアムは高くて入る気になれずニコニコを契約していたのだけど、広告が無いストレスフリーは結構デカい。もちろんアプリ等を使用してyoutubeも広告なしで見ることはできるのだけどマイリスト無制限などもあって契約していた期間はけっこうニコニコを見ていた。でも最近はあまり見ておらず、ゆえに音madの感想とかはあまり書くことがない……。また契約できる経済状況になりたい。

 

nikki_20240502「米澤穂信『巴里マカロンの謎』『冬期限定ボンボンショコラ事件』」

 

米澤穂信氏の〈小市民〉シリーズが完結した。4/29に東京で行われたM3(同人音楽即売会)に行った際、行きの夜行バスで読んでいなかった『巴里マカロンの謎』を読み、帰りのバスで『冬期限定ボンボンショコラ事件』を読んだ。今年に入って漫画以外に読書といえるものをしておらず、もう駄目かもしれないと思っていたけれど、一気に読むことができた。本が出てからネタバレを踏まないように急いで読んだのも初めてだ。思い出に残る読書体験だった。

 

しかしそれ以上に、私にとってこれらのシリーズには長い時間の思い入れがある。もっとも本を読んでいたであろう中学校の頃、図書室で見かけた『秋期限定栗きんとん事件』を一気に読んでからこのふたりの態度を真似しようとしたし、推理小説を書いたときには探偵役の造形が小佐内ゆきに似ていた。そんなシリーズが幕を下ろしてしまったのは寂しかった。最後まで読んで終わってしまったと分かって、思っていた以上にこのシリーズが好きだったのだ、と気付いた。こうして感想を書いてしまうことで本当に終わってしまう気がして、なかなか書き出せずにいる。解説を読まずに書いたので重複する箇所があり、考えながら書くのでかなり散らかると思う。それでも、いつものように考えたことを取りとめもなく書き出していく。

 

『巴里マカロンの謎』

 

全体的に小佐内ゆき(ゆきちゃん先輩)に萌えた。かわいい。これに尽きる。春期と夏期の間にあった出来事を綴った4作品の短編集であり、読者は既に夏と秋を知っているが、登場人物はそうでないため比較的穏やかな読み味になっている。最初のふたつである「巴里マカロンの謎」「紐育チーズケーキの謎」はどちらも時間や場所の制限を課された状況で、目の前にあるおかしな状況を整理して真相を辿る話である。ゆえに通常の事件というよりも「九マイルは遠すぎる」の形式を思いだした。そしてどちらも少し結末が苦くてこのシリーズらしい。マカロンはお菓子の知識と観察眼が遺憾無く発揮されており、チーズケーキの真相は分かりやすかったが真相に絡むスイーツとの結びつきが面白かった。

 

「伯林あげぱんの謎」は元々犯人当て懸賞用の作品ということもあり、この作品の中だともっともミステリらしいと感じる。前二作の苦さを踏まえると、ここでユーモアミステリのようなドタバタ感が来てよかった。あげぱんを食べ(てしまっ)た犯人は小佐内ゆきだが、彼女が犯人なのは秋期を思い出させる要素でもある。冒頭の描写からそれはかなり分かりやすいものの、真相は合理的に示されなければならない、という犯人当てのルールに従い、そこまでのロジックがはっきりしているのがよかった。彼女の存在は読者には示されているが、部室内の登場人物にとってはほとんど知らない存在であり名前は当然あがらない。途中で「背の低い一年生の女子」が言及されるくだり(p203)もミスリードになっていて、シリーズものだからこそできる犯人当てとしてよかった。収録作の中ではマカロンと並んで好き。

 

「花府シュークリームの謎」も真相は分かりやすかったが、短編集のための書下ろしということもあり、どちらかというと謎よりも小佐内さんの性格が印象に残る話であった。彼女の知り合いである後輩が停学になり、その理由を探っていく。自らの小市民としてのスタンスからこのようなことに関わるとは思えないし、後輩にも「諦めてほしい」「小市民になってほしい」(p252)と願っているが、一度頼まれたら危険な手段でも真相のために行動する。それはある意味優しさともとれるし、冷たさともとれるようでつくづく行動原理として不思議である。ハッピーエンドが大好きなのでラストシーンは嬉しかった。

 

冒頭でも述べたように穏やかで、そして少し笑えるコミカルな空気のある作品だけど、この話を書いてきた作家の背後にはたくさんの読書量があるのだと思うとすごい。古今東西のあらゆる名作を取り込んで出力されているのが変な言い方をすると私達が楽しめるかわいい物語であり、一方で全然異なる読み味の作品も書いていることに作家としての技量のすごさを感じている。

 

『冬期限定ボンボンショコラ事件』

 

読んでいるときはシリーズが終わる寂しさ・事件の真相・小鳩君の過去に迫っていく緊張感が同時に来ていてヒリヒリする時間だった。このシリーズは秋という例外はあれど基本的に小鳩くんの視点で語られてきたし、小佐内さんの視点が描かれたことはない。そのなかで先の巴里マカロンは彼女に比較的迫っていると感じて、だからこの作品は小鳩くんの話なのだと思った。今回は彼は動かない。しかし小佐内さんも出てこない。ならば何が物語を動かすのかというと過去の物語になる。

 

米澤穂信古典部』においてこのシリーズは「起きる事件の罪状をどんどん重くしていくことが裏テーマ」であること、「「冬期~」のプロットは「夏期~」を書いた頃からすでにできており、ジョセフィン・テイの『時の娘』と同じモチーフを扱うつもり」だと紹介されていて、どちらも本当だったと納得した。『時の娘』は読んだことはないが、いわゆる過去の事件を扱う歴史ミステリだと聞いたことがあるのでそういうことなのだろう(解説でかなり言及されていた)。

 

小鳩くんと小佐内さんが出会った事件を回想して進んでいく物語はエピソード0であり、口癖や小佐内さんの身長のコンプレックスなど現在のふたりに通じる要素があってよかった。メインとなるのはひき逃げの事故であり、犯罪ではあるのだけどミステリの題材としては大きく目を惹くわけではない。それでも面白い話になっているのが嬉しい。描かれる過去と現在の入院生活を往復するうちに私は確かにずっとこれが続くのかと飽きかけたけど、そうして過去のエピソードに集中させて重要な事実は現在にあるという構成である。過去のひき逃げの犯人は重要ではなく、現在の事件こそが模倣犯であったという真相も含め目新しいものではないが、私はしっかり騙された。そして帯にもある「車」が消えた問題で気を引きつつ、そこも現在と過去をダブらせて描くことでうまく隠している。

 

おそらく最もサプライズであるといえる看護師が犯人であった、という真相は意外で、そんな状況ってある!?というのが実際に成り立っているのを見せられている感じがする。そうはならんやろなっとるやろがいというアレである。これは巴里マカロンを読んだときにも思ったことで、3つあるマカロンが4つに増えるとか、ロシアンルーレットで誰も当たらなかったとか、今回は入院したら看護師が犯人だったとか、これはミステリにおいては珍しくないことなのかどうなのか分からないけど、シチュエーションが先行している印象がある。今回において看護師が小鳩くんに当たったのは「最悪の偶然」だったけど、そういうものも作用してあり得ない構図が成り立ってしまう不思議さ、これも解説にある人間関係の機微が推理の域から想像もつかないところへ連れて行く一例なのだろうか。米澤氏は連城三紀彦氏の作品が好きという話もあり、連城氏の作品もいくつか読んだことがあるのだけど似たものを感じる。

 

全体について述べたうえでふたりについて思うことを書く。最後でお互い素直になって正面切った告白をすることも考えていたけど、それはなかった。そもそもこのふたりにとって素直になるとは何なのだろうか。夏期では狐でも狼でもないふたりは「傲慢なだけの高校生」だと小佐内さんは示すわけで、小市民を取り去って残る傲慢さを、ふたりはどう処理したのか分からない。あらためて少し秋期を見てみるとpp212-213でこのように述べられている。

 

 「小市民」とは、まわりと折り合いをつけるためのスローガン。もう二度と孤立しないための建前。ぼくは使い物になりませんから放っておいてください、という白旗。
 そんなスローガンを三年も掲げ続けて、ようやくわかった。本当に折り合いをつけたいなら、最後の瞬間にぐっと我を殺すためには、そんなものは必要ない。ぼくが白旗を振ればふるほど、内心との乖離がいやみになる。心の中で相手を馬鹿にする気持ちが、積もって腐る。
 そうじゃない。必要なのは、「小市民」の着ぐるみじゃない。
 たったひとり、わかってくれるひとがそばにいれば充分なのだ、と。

 

「わたし、小鳩くんがベストだとは思わない。きっとこの先、もっと賢くて、それでいて優しい人と、巡り合うチャンスがある。わたし、その日を信じてる。
 でもね小鳩くん。この街にいる限り、船戸高校にいる限り。白馬の王子様がわたしの前に現れるまでは。……わたしにとってはあなたが、次善の選択肢だと思う。だから」

 

ここで互いの傲慢さを理解し合う関係としてふたりは受け入れる。『冬期限定ボンボンショコラ事件』はふたりが自分と改めて向き直って、小市民としての道を諦める話なのか?と考えると答えはノーだろう。秋で既に小市民のスローガンは捨てられている。ここからふたりの関係は変わったように思えない。小鳩くんは自身が過去に関わった事件、その報復としてひき逃げに遭った。後悔を抱えていた日坂くんに謝った。そのうえ小佐内さんからも「わたしの次善」と言われて最後には病室を出ていく。こう考えると小鳩くんがただただ酷い目にあっているだけな気がしてきた。

 

それでも小鳩くんはしかし自らの傲慢さを捨てたわけではないだろう。小佐内さんも小鳩くんが眠る傍らで動き続け、最後はいつも通り復讐を果たしている。ふたりは内面を変えようとはしていないが、時間だけははっきりと過ぎる。小佐内さんは「この街」からいなくなる。そこで互いはどうやって自らの傲慢さを制御するのだろう? ここではただ問題が先延ばしにされただけのように見える。でも354pで小佐内さんの言葉を受けて小鳩くんが泣いたように、ふたりを繋ぐ思いの強さが離れていても通じ合うのかもしれない。だから小佐内さんの「次善」も照れ隠しなのだろう。

 

照れ隠しと推測しかできないのは、そんな小佐内さんの視点は出てこないからだ。永遠にミステリアスなヒロインなんだと思った。彼女が事件以外でも全く際立ってなかったかといえばそうではない。心配とはいえ物理的に遠距離になってしまった相手に盗聴器を仕掛けるのはイチャイチャしすぎだろ!と思ったし、「だからきっと、わたしを捜してね。そうしたら……最後の一粒をあげるから」(p417)はあまりにオタク・キラーすぎる。こんなことを言っておいて小鳩君が京都にわざわざ進学して小佐内さんに会えなかったら事件以上に一生引き摺るだろうし、逆があっても小佐内さんは許さない気がする。そんなロマンチックな言動は終盤の推理の畳みかけも含め、ノリノリで書いてるんだろうな~という感じもよかった。

 

また「この街」から小佐内さんがいなくなる物語であるこの話において、(事故現場ではあるが)舞台が河川敷なのも個人的に嬉しかった。街と街の緩衝地帯みたいになっている河川敷が好きなので、何度も事件現場が描写され、頭の中で反芻し続けることでだんだん街の情景が見えて沁みついてくるのがよかった。第二章の「街と農地が彼方まで続いている。鉄塔に中継された電線が、遙か向こうから先へと伸びている。六月だった。」の風景とか、第五章でひたすら初夏の河川敷を歩く感じとか……。

 

これで京都で合流した話を書いても個人的には面白くないと感じるので、本当にもうふたりを見ることはないのだろうと思う。小佐内さんが京都に進学しようとしているのは分かる話で、たしかにおいしいスイーツが多そう。なんだかんだ卒業まで間はあるから、ふらっと1週間後くらいに学校とか道端で出逢っていてほしい。何か次に見るとしたらアニメになってオリジナルの話が挟まれたり、特典で何かエピソードが書かれるとかなのかもしれない……。でもひとつの作品がトラブルなどを挟まず、ちゃんと終わってくれるのは嬉しいことだ。氏の作品はほとんど読んでないといっていいので、まだそこと出会う楽しみはあると思って生きていきたい。でもやはり寂しくて、こうして書き終わることでふたりの高校生活が終わり、いま社会人とのあわいにいる私にとっての私の中高時代も終わるような気がして、居ても立っても居られない気持ちになってしまう。

 

nikki_20240426 最近行ったライブについて

 

gyazo.com

 

ありがとうございます。いいですね、聖地巡礼ではないけど、ある場所に行ったとき、ちなんだものを鑑賞したくなるのは分かる。みんなそうだと思っていたけど、実はそういうわけではないのかもしれない。海が見えたときに海の曲を聴くとか、なにかの記念日にそれにちなんだ作家の本をぱらぱら捲ってみるなど。前にも書いたように期間限定とか現地限定みたいなのには私は弱い。今年も花見らしきものには行けずなんか綺麗だなーと思ってたらすぐ散ってしまった。そんな感じであまり生活にも余裕がなくこちらも更新できてなかったのだけど、ここ1か月くらいで音楽ライブに3回行ったのでその感想を書きます。こういうライブに行きたくなるのも1回限りの何かに強く惹かれるからだと思う。突き詰めると中高で吹奏楽をやっていたのに繋がる気がする(舞台の一回性)。

 

 

 

intersection -relay of urban folk- 2024年3月24日(日)エレバティ(大阪)

 

澤部渡(スカート)の弾き語りと、Nagakumoのバンド編成がメインのイベント。どちらも好きなので行った。澤部氏は流石に歌もギターもめちゃくちゃ上手いと分かった。あと口笛も披露してくれて、これも楽器レベルで上手かった。Nagakumoはネオネオアコを標榜する渋谷系のバンドだが、弾き語りと対比して爆音で演奏するギャップがあった。やはり生で聴くと違い、マスタリングされた音源とは違ってよりアコースティックのざらざらした質感が感じられてよかった。両者が頭の中では結びついていなかったけど、いざ同じ場所で聴くと共通するポップ魂を感じた。

 

ちなみにほとんど間に合わない時間に家を出たら、行っている途中に家族から自分の生活を心配する電話がかかってきた。それに出たらさらに遅れて入ることとなってしまったのだけど、入った瞬間に澤部氏の歌が聞こえて色んな気持ちが去来してぐっときた。全体的に諦めや後悔を歌っているようだと思っているため……。あと最寄りであるJR塚本駅周辺の雰囲気が好きだった。思い返すと過去に一度行ったことがあったのだった。高架下の雑多な感じ……淀川の周りを散歩したときである。たまにギターを持って行って弾き語っていたころがあったが、最近はしてないなと思う。

 

メランコリック写楽 解散ライブ vol.1「やさしい火星移住」大阪編/メランコリック写楽 解散ファンミーティング「火星探査計画」 2024年3月31日(日)LIVE SQUARE 2nd LINE(大阪)

 

メランコリック写楽の解散ライブとファンミーティングに行った。2017年に既に解散しているバンドで解散ライブはなかったものが、ボーカルである、ももすももす氏の希望と呼びかけにより数年越しに開催された……という少し変わった解散ライブだった。私が彼女らを知ったのはだいたい1年くらい前と直近で、プレミアのついたcdを買ったりしていたら解散ライブやサブスク解禁、cd再販などの再始動があった。解散ライブvol.1とあるが別にvol.2があるわけでもないらしい。本当にラストライブだった。

 

彼女たちの曲はいわゆる邦ロックであり、相対性理論カラスは真っ白パスピエあたりを連想するのだけど、よりロキノン系の影響を感じる音楽になっている。そして何より作詞作曲を担当するももす氏のワードセンスが印象的で、うまく言えないのだけど確実にこの人にしか書けないと思わせられるワードサラダのような歌詞である。私が詩を読むときに感動するポイントである、不意をつかれたような単語の取り合わせの快感がこれでもかと詰め込まれている。しかし意図が見えないわけでもなくて、全体にあるのは厭世的な考えと不安のようなものだと思っている。

 

湿った手帳は透明な臓器でしょ
「ルカは知ってる」

 

歩く食べログ
頭のなかは多分、多分、多分
寄りかった少しの間で世界は変わる
「成仏できない」

 

足のない小鹿を3発で仕留めた
そこには友達に言えないドラマがあった
山椒魚

 

余計な説明は省くつもりだったのにいろいろ書いてしまった、というのも初めてライブで見たももす氏が私の抱いていた歌詞のイメージ通りだった、ということを書きたかったからだ。当日はロリータを着て登壇しており、とらえどころがなく、トークライブでの飛躍したイメージの発言、話の脱線具合などから勝手に歌詞のイメージを感じてしまった。こういう人に対してキャラでないかなどと考えてしまう自分もいるが、絶対に演じることはできないと思う。かなり憧れの人かもしれない。ライブではしっかりギターを弾いて歌っており、そのギャップも良かった。「成仏できない」ではロリータ姿で「成仏してください」と言っており萌えだった。あとギター10年くらいやっていてエフェクターがわからんという発言にも勝手に共感していた。

 

前述したような歌詞にもかかわらずライブそのものはとても盛り上がっており、その奇妙さもよかった。私は何にしろ、くだらなさに一生懸命さが宿る瞬間が好きで、メランコリック写楽もそれで好きになれたのかなと気付いた。音楽そのもののノリだとおいしくるメロンパンのライブを思い出す(過去に対バンしてるので当たり前といえばそう)。

 

トークライブではメンバーの好きな音楽に言及する場面もあり、メタルやファンクの影響があると語っていたのが印象的だった。「成仏できない」など彼らの曲には四つ打ちのものが多いが、ファンクの影響があると考えるとちょっと分かる。私も四つ打ちの曲は好きだけど、国内の曲ばかり聴くんじゃなくて、そういうファンクとかにも手を伸ばしてみるべきなんだなと思った。

 

ここまで述べたももす氏の雰囲気、そして歌詞の奇妙さと盛り上がりがあいまって解散ライブといえない微妙な空気が始終あったのがよかった。もちろん自分は寂しかったのだけど、ライブの空気がそうさせない感じである。解散ライブというものはこれが初体験だったのだけど、こういうものなんですか? 「そういうことだから解散になる」というボケをMCで挟んでもいまいち笑いが起こらず「このギャグがいまいちウケない」と自虐する一幕があったのも印象的だった。ちなみに解散理由は(把握する限り)明言されておらず、特に後ろ向きなものでもなく個々の活動もあるしくらいのものだと思う。ライブ自体は楽しく終わったのも、またひとつ別れのリアルさがあってよかった。悲しさに振り切ると、それもそれでわざとらしい?気がする。

 

あとは細かい気付きなど/人が多かった。油断して始まる直前に行ったらパンパンだった。/ライブに初めて来た人を問う場面では、思ったより古参の人が多いと分かった。解散ライブだから当たり前か……。なんか自分はギリギリ再始動する前に曲を聴いていたという優越感を抱きかけていたが、だめだなと思った。まあそもそも古参かどうかで尺度を作るのはよくない。でもアンコールでは最も古参の人を探して何を演奏するかリクエストしてもらうという方式をとっており、複雑な気持ちだった。解散ライブだからそういう思い入れはあるよなーとなった。小規模だった最初も最初のライブを見ていた人が来ていてすごい。/もともと曲数が多くないので、全ての曲がシャッフルされて出てきて楽しかった。EPではラストの「猿なんて絶対」で始まり、ちょっと静かな「9月と君の墓」で終わる構成がよかった。

 

全体的に解散の瞬間に立ち会えてよかったな……という気持ちが日に日に増してきている。行ってよかった。そんな感じ!

 

磔磔50周年記念「静かな夜がいい Vol.2」presented by NICE POP RADIO 2024年4月15日(月)磔磔(京都)

 

京都のライブハウス、磔磔の50周年記念公演のひとつとして行われたライブ。澤部渡(スカート)と柴田聡子の弾き語りツーマンライブである。何も知らずに行ったが50周年記念というのは確かにすごいことで、かなり有名で歴史的なライブが行われてきた場所らしい。建物の構えや作りからしてライブハウスに歴史を感じるというのは初めてで、面白かった。

 

最初にお二方によりラジオの公開収録があった。澤部氏がフォークソングはコードの中である程度メロディが自由に動く……というような発言をされていた(かなり正確さには自信がない)て、全体的にそれを実感した。そのメロディの自由さがちょっと崩してみたり、ためてみたり、節回しに繋がっていて、お二方の持つ良さが発揮されていた。

 

柴田氏は殆ど知らない状態だったが頼りなくも優しい声の中に芯があり、素朴な話題を話すような歌詞と相まってよかった。澤部氏を見たのは今年2回目だったが、激しいカッティングもゆったりしたアルペジオも聴けてよかった。あと歌だけでなくて話し声の声質にも安心するものがある。アンコールでは2人が互いの曲をカバーし、女声が歌うスカートの曲もよいと気付けた。ここで演奏されていた柴田氏の「あなたはあなた」を最近はずっと聴いている。

 

弾き語りのライブもまた初めてだったが、ビートが支配的であるバンド編成とは全く異なっていてよかった。もちろんどんなライブでも感じ方は自由だが、私の場合は今回は身体を揺らすことが少なかったし、全体的な雰囲気もそうだった。その場に響いている空気を全員が全身で共有している……というしみじみとした良さがあった。やはりフォークソングは好きである。私のこの好みはどこから来ているんだろうと考えたが、中学時代に星野源が好きだったのが始まりだと思う。

 

 

 

音楽ライブではだいたい隅の方にいるし、終わったらいかに素早く立ち去るかのことしか考えてなくてすぐに帰ってしまう。他のイベントもそうで、小学校のときの帰りの会とか、部活の何らかの催しとか、終わったらすぐ帰ってたのから根っこは変わらない気がする。立ち去ることが目的というより溜まるとかだべるみたいな行為からずっと逃げていて、最前列の真ん中で声を上げ、終わったあとも余韻からなかなか帰らず誰かと話している、ような、最初から最後まで我を忘れて熱狂することへの恥ずかしさがまだまだあって、冷めた態度をとってしまう。いつかちゃんと熱狂してみたい、と思っているのだけどそんなものはないのかもしれず、分からない。

 

nikki_20240409

 

いちどTwitterからログアウトしているけど、ログインしている別のアカウントからフォロワーを検索してツイートを見てるし、あまつさえそのいいね欄を見ることでほぼタイムラインを見ているのと変わらない感じになってきている。漫然とおすすめタブを見ているよりかは遙かにマシではある。ただひとついいねをしないという制約は自分に課していて、いまのところ破っていない。これはなんとなく人が自分のいいね欄を見た時にどう思うか気にする、自意識過剰な性格が生かせている例だと思う。何もないのにゴミを漁るようにひたすらスクロールしたり、通知欄を更新することはなくなって見る時間は減ったと思う。

 

よく見ていたyoutubeチャンネルの「ふっくらすずめクラブ」が改名の告知とリニューアルを経ていろいろあった。株式会社バーグハンバーグバーグが運営するウェブメディアことオモコロ、そのyoutubeチャンネルの2つ目である。結論としてあまり好みでないものになったと感じていること、考えたことを書く。私がTwitterを始めた2017年より前のインターネットは全く知らないと言っていいし、Twitterを始めてからもオモコロは知らなかった。ただARuFaダ・ダ・恐山くらいは流石に目にしたことがあって、おそらくその経由でしばらくして知ったと思う。youtubeチャンネルの1つ目であるオモコロチャンネルは1本目くらいから見ているけど、なんで見ようと思ったのかはよく覚えていない。同様の流れで2022年にふっくらすずめクラブが始まってからも欠かさず見ていた。

 

普段特に何かのコンテンツにどっぷりというわけでもない。しかしオモコロチャンネル関連は比較的深く触れている方なので、界隈が揺らいでいるのをリアルタイムで体験できて興味深かったのが全体的に感じたことになる。ほかのコンテンツで紛糾している、という風の噂はこういう感じなんだなと思った。また、もともとふっくら(以下略)という名前がエゴサーチに不向きだしあまりタイムラインで名前を見かけることがなかったのだけど、数日でたくさんの人が言及していて、みんな見てたんだという気付きがあった。自分自身も欠かさず見ておきながら特に感想を呟いたこともなかったので当たり前と言えばそうだが、目に見える形で分かると、なるほどという気持ちになる。

 

①ふっくらすずめクラブの改名案について、②同チャンネルのリニューアル後の雰囲気について、③オモコロそのものについて、あたりがおそらく要点だし実際に言及されているようで、それぞれは関連しているけど別々に考えた方がよいと思うため分ける。トレンドなどを見ないので③についてはよく分からないし、詳しくもないので言うことがない。①と②は気になって何回もパブサ(代理エゴサーチ)してしまった(これだからTwitterを見ない方がよい)。

 

①について改名後は「会社にしか友だちがいない」にするという話だけど、第一印象としては否定的だった。それはおそらくタイトルから感じられる今後の方向性で、たとえば友達同士のルームシェアの様子を撮影しているチャンネルなどの雰囲気を連想させた。個人的な好みとしてそのようなチャンネルは好きではないので、このタイトルにも同じ抵抗がある。ほかの意見として自虐はよくない、というものがあった。分かるし、おそらく感じていた抵抗の一部分にはこれがあったのだ思う。

 

②について実際にリニューアル後に感じられる雰囲気は、よりラフに日常っぽさがでているものである。本当にシェアハウスをしている友達同士のあいだで遊んでみたり、といったものに近い雰囲気を感じる。日常っぽさや素っぽさはこれまで動画の「外」であり、動画の「内」があった。リニューアル後の雰囲気は動画の外と内の区別をなくしていくものだと感じる。もちろん完全な素ではなく、ある程度撮れ高や面白さが意識されている気配はある。ゆえに外だった部分を内と入れ替えていくのではなくて、どこまでが素か分からない、内と外の区別がなくなっていくと表現した方がしっくりくる。フィクションではないかと言われていたのも、ノンフィクション(外)とフィクション(内)が混濁するモキュメンタリーの性質と方針転換の方向性が被っているからだ。

 

自分の感じ方としてある、これに受け入れられない気持ちを考えてみると、私は内と外をしっかりと分けているものが好きなのだと思う。動画の中ではあくまで動画の中として振る舞い、それ以外の部分は(たまにしか)見せないくらいが好みだ。「個人的にそのようなチャンネルは好きではない」と改名案を見て感じたとき、なぜそう思うのかははっきりせず直感的なものだった。動画内容を見て考えていくと、理由は同じなのだと気付いた。外と内が混濁しているからである。ある程度好評だった外の雰囲気を取り込んで内にしていくのはいわゆるこういうのが好きなんでしょう、と言われているようでそこにも自分の逆張り意識が働いて好きになれないと感じてしまう。これまで動画内で行われていたノリが外(文字通りスタジオ外の会社の廊下)でも行われているのには痛さを感じてしまうところもあった。今日更新されたオモコロチャンネルの人生相談では「動画回ってないときに同じ相談されたら違う回答をします」という発言があり、端的にふっくらとの運営方針の違いが出ているなと思った。単に違うだけで良し悪しはない。あと物理的な問題として毎日投稿になると追いきれなくなってしまったのもある。

 

いろいろパブサしてみるとこの②については好評も不評も半分ずつそうだった。例はたくさんあるが内との外の区別が無い雰囲気が好きな人がいるからこそ成り立っているコンテンツもある。ゆえに好評なのも分かるし、私と同様に抵抗を感じる人もいるのも分かる。二項対立に持ち込むのはよくなくて、さまざまなんだろう。オモコロチャンネルを主としてあの人たちの提供するものを楽しませてもらっていて、応援したい気持ちはあるし、もちろんこれからふっくらすずめクラブも変わっていく(二度目の改名予定もある)だろうから適切な距離感で楽しめたらと思う。

 

いちどこの話題を終わった感じにしたが、内と外の区別がついているほうが好みというのは実感として感じている。長々と説明はしないけどさよならポニーテールが好きなのもおそらくそうだと思う。Vtuberについても名取さななら信頼できる!みたいなノリが冷やかされているツイートを見たことがあるが、名取氏に詳しくないにしても自分も性根は同じなのかもしれない。鳩羽つぐが好きでぬいぐるみとか買ってるのも根の部分はそうだと思う。人が丸ごとコンテンツになっていくことへの抵抗はある。こういうことを書くとまたそういう人か、とかキャッチ―な言葉に回収されるんだろうなという気がしてならない。自意識がまとわりついてきて、やっぱりTwitterは見ない方がいい……とますます感じている。

 

nikki_20240322

 

gyazo.com

 

マシュマロが来ていました。ありがとうございます。自分は調理実習でバニラアイスはなかったです、いいですね。そもそもスイーツを作ったこともなかった気がする。広島の小学校に通っていたのでお好み焼き(もちろん広島風)の実習があったりしました。こういう質問を受けて自分語りの話に持っていくのっていいのか分からない……。内容に戻るとアイスも作りたてが美味いとかあるのか気になりますね。調理実習のアイスがおいしかったのは他にも添加物の無い作り方とか、バニラエッセンスとかが関係してそうです。バニラの香りがあるってことは入っていて、香料じゃなくてビーンズだったとかでしょうか。

 

 

本格的にアイスを作りたくなって、お菓子作りの材料にはよくあるけど買うのは勿体なくて省略しがちなバニラエッセンスを買ってみました。
舐めてみたんですがまさにバニラのあの味がしました。
多分これ白米にかけてもバニラの味になると思います

— 遺失物届 (@arudanshi) June 4, 2020

 

私も実はバニラエッセンスを家に持っており、ただ3,4年前に買ったものだったりする。油みたいなものだから?いいだろうとずっと使ってますが滅多に使わないし、匂いは落ちてません。お菓子を作るときに頻出する調味料だけど無視しがちだから買って白米とかににかけてみるか!と思ったのだけど未だにお菓子にしか使っていない。ホットケーキ、フレンチトースト、プリンあたりを使って作ったことはあるけどアイスは作ったことないと書こうとしたけど、たぶん作ったことはあって、ただ失敗している。

 

 

ネットで簡単に作れると謳われていたアイスクリームを作って食べたんですが味がほぼしなくて、味覚障害……?と不安になったんですが他の料理を食べたら普通に美味しかったので、単にアイスの味が薄かっただけだと判明しました

— 遺失物届 (@arudanshi) April 29, 2020

 

完全に自分語りになってきたので段落を変えて常体に戻すと、調理実習ではないけどアイスを作ったことはあった。それには小学1年生のときの担任の先生がかなりの科学好きだった話をする必要があって、科学の小噺や工作や実験のようなものを頻繁にやってくれた思い出がある。当時先生の人気度などを考えたことはなかったのでどうかは分からないが、担任だとうれしい・面白い先生だったであろう。この教卓も全部原子っていう小さいから粒からできてるという話を覚えている。アイスはその一環で作った。先生が紙コップと木べらを配り、みんなが牛乳とカルピスを注いで混ぜる。バットにコップを並べて理科室の冷凍庫で冷やすことでそれは完成していた。味は覚えていないけど、けっこう変わった取り組みだったと思う。

 

最近見た夢のメモ 自分が楽団の一員としてなにかを演奏していたら客席の学生が騒がしくなり、指揮者の先生が演奏を停止する。どうやら揉め事が起こっていたらしく、なぜか先生が舞台を降りて注意しにいく。揉めていた子が事情を説明する。そこから繋がっていた気がするがいつの間にかなぜか童話みたい世界になっており、その子は動物の子供だった。自宅まで行き協力して問題を解決するが、翌日にその子が亡くなったことを聞く。どうやらそこは動物の街で、人間が介入した時点でなにか決定的に破綻が起きていたっぽいと知る。よく分からない夢だった。

 

いわゆるNTRBSSが好きかというのを考えてみたのだけど好きではない。絶対にそれだけは無理で嫌いというほどではなく、純愛に比べるとどうしてもノイズがあって興奮しにくく、そうなんだというくらいのテンションになる。よく分かっていないので前に好きな人にどこがよいか訊いたこともあったが、他人に奪われるということ自体に魅力がある、というような回答だったと思う。自分が良いと思うにしてもそこに魅力はないのでやはり難しい。ただこれは自分が本当に夢中になれるキャラクターがいないからかもしれず、本当に心奪われる存在がそのような状況になっていたらとても嫌いになるのかもしれない。

 

nikki_20240315「とてもおいしかったもの」

 

印象に残っているご飯について。外食の頻度が多くないのでハズレを引いたことがほぼなく、だいたいおいしいの範疇に入って楽しんでいる。その中でもまた食べたいと思っていたり、実際に何回か食べておいしかったと感じているものを挙げる文章です。

 

・麺屋たけ井のつけ麺

大阪の阪急梅田駅の改札内にあるお店で食べた。他の場所にもある。つけ麺一般のイメージとして魚介豚骨のものが多く、ここもそれである。同じ味のものは違う店で5回くらいしか食べたことはないが、その中ではここが一番おいしかった。醤油と魚介と豚骨の味がどれも濃いが柚子の香りもしておいしく、麺の噛み応えもある。JR新大阪駅の近くにある時屋もおいしい。

 

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ロイヤルホストにあったステーキがガーリックライスのうえに載ったもの

別で書こうと思っていたが1月にひとりでロイヤルホストに行った。幼稚園のとき以来だと思う。デカンタが想像以上にデカかったこと・周りの雰囲気が貴族すぎて怖かったことはまた別の話として、何を頼んだらいいか分からなくてとりあえずおいしそうなのを頼んだ。ステーキがガーリックライスの上に載ったもの(名称は知らない)はひと口食べた瞬間にヤバ!と口に出してしまうくらいにはおいしく食べ終わるのが惜しかった。これは当然良いに決まっているおいしさで、先のつけ麺で魚介の味がとか言っていたのとは違う、旨味という概念そのものを食べている印象だった。たぶんどのメニューもそんな感じなんだろう。デザートで食べたパフェは林檎とキャラメルとバニラという自分には予想できない味だったので楽しく、全体的にファミレスでこんな体験もできるんだという気持ちだった。このペースで書いてると終わらない。

 

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・お寿司・すき焼き・お好み焼きの一口目

単に好物というだけだが、食べるたび一口目に感動している。そして食べてから数日経つとまたすぐに食べたくなる。一口目としたのはだいたいおいしいので調子づいて食べすぎて、終盤苦しくなることが多いから。お寿司はトロ系が好き。肉の油はそんなにたくさん食べられないため、すき焼きは一口目が常にピークになっている印象がある。お好み焼きは広島風

 

・関谷スパゲティの塩バジリコ

これも別で書こうと思っていたが1月に東京へ行き、中目黒に行って食べた。オモコロチャンネルでおすすめされていたため。そもそも散々家でパスタを食べるため、お店で食べることはほぼ無い。それでもここはパスタ専門店のため頼んで食べたら家とは全く違うと分かった。まず具材が多いし、麺も太くてもちもちしている。パプリカ、海老、ベーコン、玉葱などの旨味がちゃんと油に絡んでいて、しかしバジルのあっさりとした感じもあり、大盛にしたけど一気に食べてしまった。近所にできたら毎日通いたいし、家でもちゃんと具材を多めに入れて作ってみようと思えた。余談として前菜でパクチーのサラダを選び、生まれて初めてパクチーを食べたら意外といけた。

 

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エスビー食品 サヴァ缶とレモンバジルのパスタソース

前に成城石井で買って(別に成城石井でなくても買えるが)おいしかった。鯖とレモンで既においしく、バジルでさらに爽やかになっている。たぶんこのサヴァ缶シリーズは他もおいしそうなので試したい。既に消してしまったが、noteに書いていた日記でも言及して、同じものを再現しようとしたことがあった。その際に安い鯖缶と100円とかのバジルソースでやったが遠く及ばず、Barillaのジェノベーゼソースを使ったらおいしくできた。そのソースもおいしかった。以下は試行錯誤の跡

 

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・近所のまぜそば

一回たまたま行ったらかなりおいしくて、外食であたりを引くという経験が分かった。スパイス?だったりが入っていて複雑な感じなのだけど、全体として癖になる感じ。替え玉をしたかったけどお金が足りなかったのを後悔しているので、また行きたい。

 

・ファミマの台湾まぜそば

まぜそばだと手頃に買えるこれもおいしい。いちど2つ買って食べてみたいと思いながらできてない。

 

・バッケンモーツァルトのチーズフロマージュ

幼稚園くらいのころに食べてから好きであり、これなら無限に食べられると思っている。広島の洋菓子会社が作っている一口大のチーズスフレ。先日久しぶりに食べたけどやはりおいしかった。

www.b-mozart.co.jp

 

・Route271のパン

これも大阪梅田にあったパン屋。評価が高かったのでちょっと並んで食べたらおいしかった。そもそもコンビニの菓子パンばかり食べているので、お店の焼きたてが久しぶりというバフもあったと思う。コンビニの全部が一体となっている薄っぺらさとは違い、やはり焼いた風味や妥協していない具材の味がちゃんと合わさっている!という感動がある。どれもボリュームがあってジューシーな印象でまた食べたいと思っていたが、いまは閉店してまた高槻に店舗ができる予定らしい。

 

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・フランソワ喫茶室のクリームソーダとプリン

これも別で書こうと思っていたが2月末に友人と遊んだときに京都で食べた。もともと京都 喫茶店とかで調べると出てくるお店で、前に行ったときは並んでいたので諦めていた。平日でも混んでいたが、まさに純喫茶という感じの店内だった。コーヒーが飲めないので迷った末にクリームソーダとプリンというお子様ランチみたいな注文をした。どちらもイデアっぽい、クリームソーダといったらこれ、プリンといったらこれ、という決定版みたいな味がした。クリームソーダは炭酸は弱く甘めなのがバニラの風味が強いアイスにあっていて、プリンはカラメルの濃さがよかった。

 

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・りくろーおじさんのチーズケーキ

これも友人と遊んだときに直営店に行って食べた。ホールで食べると言っている人をよく見るので疑っていたが、確かに口の中ですぐに溶けるのでほぼ霞を食べているみたいである。でもその軽さが癖になるし、甘くておいしい。直営店ではパンも売っていてたまごサンドも食べたのだけど、こちらも甘い卵焼きレベル100みたいな半熟加減でおいしかった。

 

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出町ふたばの豆大福

和菓子で格別においしいという体験はしたことなかったけど、これを食べて和菓子にも違いがあるのだと分かった。お餅にふわふわやとろとろという食感を感じたのは初めてで、ほどよく甘じょっぱくてよかった。言わずと知れた?京都アニメーションたまこまーけっとのモデルになったお店だけど、その評判以外でも絶えず列ができているお店である。

 

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上述した友人と会ったとき、ここでしか食べられないみたいなものにこだわる性格であることを指摘されて初めて気づいたのだけどそういうところはあると思う。これからもおいしかったと思えるものを増やせる人生でありたい。