津原泰水は広島出身の作家で自分と同郷であることなどから知っていた。短編「五色の舟」だけ読んだことがあったが斜め読みだったのでよくわからずじまいだった。つい最近亡くなったように思っていたけど、それももう3年前のことでけっこう経っている。個人的には幻想やSFのイメージだけれどミステリも書いており、それがこれになる。三人の女の子(彩子・摩耶・キリエ)+語り手が恋する一人の男の子(祀島)が謎を解いていく。語り手の姉が刑事で事件に関われるというのもいかにも。
解説にもあるように「津原やすみ」名義で少女小説家としてデビューした際の作品である。少女小説、というのはだいたいジュブナイルだと自分の中では認識しているけどあっているのだろうか……。そこで出された作品に書下ろしを加えた短編というか中編が三つ入っている。少女小説にも面白いミステリがあるという話はほかでも見たことがあるので気になる。東京創元社の目録をながめるのが好きだったころから存じていたタイトルなのだけど、ほかの人が言及してたのをいくつか見て読みたいと思っていたらたまたま入った個人営業の古本屋で発見したので読んだ。
第一話 冷えたピザはいかが
最初に事件の概要と犯人は示されているのに、犯人を追い詰めるまでが描かれるという変わった構造。別に犯人の視点から綴らていないので、倒叙というのも少し違う。最後に犯人の条件がひとつ提示されて追い詰められるけど、タイトルにあるピザとは関係ないし伏線があるわけでもない。ただタイトル通りの「ピザを食べた」という行為だけが読者側には謎としてずっと見せられているので変な感じである。
現場を変にいじらないほうがいいのに、殺人現場に残されたピザをなぜわざわざ犯人は食べたのか。話が進むにつれて犯人がチーズが嫌いであることなどが分かってより不思議さが増す。真相は「(犯人は当日に届いたと思い込んでいたが、じっさいは被害者が数日前に頼んで少しずつ食べていた)宅配のピザが残っていたら、届いた時間帯に殺されたことが分かってしまう。証拠隠滅のために食べた」というもの。すっきりしないというか、なんでわからなかったんだろうという奇妙さがある。最後のベランダで語り手と犯人が対峙するのとか、中学生女子と犯人を密室で対峙させるのはたとえ30分だとしても危なすぎる!ジュブナイルならではの展開である。
津原氏は評価されている書き手らしいが(というかその前提で読んでいたのもあり)、確かにうまいと思った。4人くらいがしゃべっているけど誰が誰かわかりやすかったり、作中で登場する化石や手品というモチーフ、青い車のことをプール号って呼ぶのとか洒脱な感じがある。
第二話 雪の館へようこそ
主人公たちが道に迷って雪の館に辿り着き、そこで殺人事件が起こる話。「鏡文字のルビ付きダイイング・メッセージ」でさらに密室殺人という要素の多い事件。まずなぜ鏡文字か?は、前を向きながら後ろの壁に描こうとしたからということであっさり解かれる。どちらかというとルビの意味と密室が焦点だった。ルビの意味に関してはあとから別人が書き足していたというもの。容疑者が三人だったが全員が共謀していたというオチは驚くほどではない。密室に関しては主人公たちが館に来た時点で被害者はすでに死んでいたという一人二役の時間差、密室の中に犯人が潜んでいるケース、靴すり替えによる足跡偽装、扉自体の加工とかベタなトリックを組み合わせて複雑にしていると思った。こういう基本的なトリックを提示してくれていると思うと(書き手がそれを意図したかは分からないけど)、ジュブナイルなのは納得できるかもしれない。
中心にひとつのアイデアがあるわけではなくて、バラバラの要素が少しずつ解明されるのでうん、うん、あ、そうね~みたいな気持ちになる。まとめて犯行の過程が口にされるパートがなく、断片的に解明されて読者が脳内で過程を補完する必要があるから難しかった。209頁の「僕が書いたという可能性も」がなぜ否定されるのか分からなかったし、最後の青いバラの言及もよくわからなかった。考えオチっぽい。あと電話線切ったの誰なんだろう。最後の血痕の証拠が分かるのは気持ちよかった。イヌに嚙まれてズボンが破れるというギャグっぽいシーンが手がかりとして回収される。
トリックの話ばかりしてしまったのだけど、変な雪の館で密室殺人というところからして外連味がすごいし、物語としての面白さというより推理小説っぽさに終始してる感じはある。あとこれでは祀島くんが推理を披露するけど、ビリヤードをしながら蘊蓄をたらして犯人を追い詰めるの嫌味っぽくて悪い意味で良い!さりし日の小鳩常悟朗もこんな感じだったんだろうと思う。
第三話 大女優の右手
これまでのふたつは少女小説だったが、これだけ大人向けに書き下ろされたものとのこと。前から評判を聞いていたので期待して読んだ。よかった。以下で自分が理解した限りの真相を説明してみる。これもちょっと考えオチみたいなところがあったり複雑なので、書いた方が整理できると思ったため。ここまで書いてなんだけどよかったのでネタバレ防止で少し行を空ける。
公演中に病気で突然倒れた大女優A、その右手が誰かに持ち去られた。彼女には多指で右手の指が一本多いとか、子役時代に瓜二つの少女Bがいたとかの噂があった。右手を持ち去った犯人はAの遠縁の親戚Cだった。「倒れたAの右手を見て多指でないなら実はBだったと分かる。すると遺産が自分へ相続されない」という事態を阻止するため証拠の右手をなくした。捜査の過程でBは全くの別人で戦争で死んだと分かった(はずだった)。
しかし、真の意図はそうではなかった。Aは戦争より前のかなり幼い時に過労死で亡くなり、それ以来BがずっとAに成り済まして生きてきたのだった。BはほとんどAとして生きてきたが、いつまでも本物のスターだったAにはなれない人生を悲しんでいた。Aは多指だったが、Bはそうではない。Bは指を切断したような跡をわざと作る手術をしてAに成りすまし続けた。おそらく親戚でないBとCは深い仲になった。こうしてCが事件を起こすことで右手を持ち去り、真相が規定されることでBの遺体はAとして葬られる。ずっとAになりたかったBは、こうしてAになれた。CはBを本物のスターAにするためにこの事件を起こしたのだった。そして、この事件をCが起してくれることにBはずっと賭けていた。
メインとなるのは「病死した遺体が移動し、右手が失われたのはなぜか?」という謎である。遺体の移動に関して、客席に観客として隠したというトリックは目新しくはないのかもしれないが、個人的にはなるほどと思った。遺体を生きているように扱うというイメージからしてちょっと奇妙な感じがするのもよい。またここで犯人が舞台裏を動き回ったのになぜ気付かれなかったのか?という謎に対して、人間心理を説明して見えない人云々の論理が展開されるのも解説にあるように泡坂妻夫とかそこらへんをリスペクトしている感じがある。
しかしそれらは前座に過ぎなくて、上で述べたところが本腰である。これだけのストーリーが最後のたった4ページ、より絞れば1ページから浮かび上がってくる。たしかに納得させられる理屈のようだけど、その理屈は幻想的で想像の中でしか成り立たないような不思議さをまとっていてすごい。Bが「右手を持ち去って私を本物にしてほしい」という思いに賭けていたことを考えると、なんともいえない味がある。
右手を持ち去ると人物が分からなくなること自体が目的だったと説明されるが、それよりもさらに上で事件を起こすことそのものが目的だったという、事件の事実そのものがが嘘を真実にする仕掛けになるということ。この虚実が反転する構造が、そのまま女優という偽物を追いかける人生に重なっていくのも面白い。
>絶対に追いつけない幻影を追って走り続けた人生だ。(中略)そろそろ本物にしてやろうじゃないか
またここでは最初にn進法で勉強につまづくエピソードや、マリリン・モンローの多指についての話など指がずっとさりげなく(モンローは直接的だが)登場している。もっと言うと「冷えたピザはいかが」で手品が登場したこともここで回収されている。とくにn進法のこととか、さりげなく生きている感じがいい。
そんな混み入った真相を高校生が看破できるかとは思うが、それはここまでの話も同じである。全体的に登場人物たちに焦点がが当たっていなくて、あくまでコミカルに物語を動かす役割のみのようには思う。第一話は人物紹介、第二話はトリック重視、第三話は犯人の真相がドラマチックすぎて登場人物がかすんでいたような感じだろうか。少女小説であることを考えると納得はできる。しかし続編の『ルピナス探偵団の憂愁』は大人向けに書かれているし、あらすじにも書かれているが登場人物の一人が病死するところから始まるらしいので気になるところである。
