nikki_20250427「ストレンジ・フィクションズ『ダブリナーズ 留年百合アンソロジー」

 

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紙媒体でどうしても読みたく、去年は機会を逃したので1月の京都文フリで買った。追加の短編が収録されたDLCまで読んだ。留年経験ならあります。

 

笹帽子みなみ「全然そうは見えません」

ブログを読んで読みやすい文章を書く方だと思っていたのだけど、ここにきて始めて作品を読んだ。失恋により引きこもり留年した子と新入生とのガールミーツガールで設定もストーリーもシンプルだけど、そういうものをしっかり面白く描けるのがすごいのだとわかる。傘とバトンそして炎、そこから失敗の練習をするというサーカスとダンス、あとは富士山をどちらの県から見るか……というのがタイトルの見た目に重なるのは考えすぎかもだけど、いろんなモチーフが重なり合うのも心地よい。最後の一文とかきまってるけど無理にねじ込んだ感じもなくてよい。ふたりの人間が出会うということも単純に割り切れない様々な感情があるのだということを思い出せた。留年ってかたちのないもので、これはそれを失恋とそこから動けないという時間の停止が重なっている作品だと思った。

 

紙月真魚「海へ棄てに」

最初から語り手の「私」の就活と学業を両立させるしごでき?な描写に疎ましさすら感じてしまう。ところで先の「全然そうは見えません」では講義のあとに一緒にご飯を食べる大学生活のディティールを思い出してよかったのだけど、こちらは夙川あたりの描写に親近感があった。夙川に住んでいたわけでもちゃんと歩いたこともないが、兵庫の海と山が近い感覚は分かる。海というモチーフっていいですしどこかに向かって歩く話もいいですからね。漫画家の名前はひとりふたりくらいしか分からなかったけど藤深春さんのキャラクターが魅力的で、飄々としていてだらしなくちょっと謎めいている美人な先輩に留年は似合う。その留年の理由はちょっと重い。私と先輩と(先輩の)伯母の関係が最後に見えてくるわけで、自由な伯母への思いを棄てて真っ当な生き方に戻ろうとする先輩、先輩には自由であってほしい私の気持ち、しかし私は先輩の自由さは伯母に囚われた自由さではあってほしくないという(ことであっているのか自信がない)のがちょっと複雑で面白い。伯母の自由さ、先輩らしい自由さ、(語り手のような)真っ当な生き方という三つがあるということかな。これは留年とそのモラトリアムの終わりを扱っているようである。春のよどんだ空気を思い出す感じがよかった。

 

鷲羽巧「still」

最初の頁の「留年って、年が留まるって書くでしょう、とあなたは云った。」「もしかすると遠回りしているかもしれないけれど、着実に時間は進んでいるんだって。」あたりで泣きそうになる。スケッチ自体は筆者が留年しているときに書いたものということだけど、この物語においては「あなた」がかつていた景色のようだ。「あなた」は本に重ねられた時間の重さや、デジタルな社会を恐れていて、過ぎて行く時間の象徴に思える。一方で「わたし」の描く景色自体はそこに留まり続け、しかし「あなた」の不在が過ぎた時間を思わせる。その狭間のどちらが正しいとかはなくて、それは白紙の世界でどう在るかということでもある。ゆえに線を引くという行為に意味が見えてくる、のだろうか。時間は線状でもあるし、環状でもある。あとこれは深入りはできないのだけど登場人物の性別は確定していないはず。百合である確証はなくて、しかしそのアンソロジーに入っていることもあって女性的なものを感じるのはどういうことなんだろう、というのは自分がこれから考えていくべき事なのだとは思う……。いままでの話と異なって一人称の語り手自身が留年している話なので、概念そのものに向き合っているような話に感じた。いくつかのモチーフが留年の概念を浮き彫りにするような。

 

茎ひとみ「切断された言葉」

ちょっと長めのショートショートホラーみたいな感じだろうか? 個人的にこういう胸くそが悪めな話に苦手意識があるのでこれもそうではある。指を用いたサインの話から腕へと視点が写っていくラストは映像が浮かぶようでよかった。この作品における留年は復讐の材料になっていて、自分と引き離すために留年させるという構造だけ取り出した気持ち悪さも面白い。

 

小野幡「ウニは育つのに五年かかる」

最初から飛ばしつつなぜかエモーショナルさが滲んでくる作風が健在で嬉しかった。新歓の居酒屋でのやりとり、カラオケでの後輩の宮下とのやりとりとか会話の妙から映画っぽさをなぜかは分からないけど感じて、個人的に密室での会話劇が好きなのでそこも好みだったのかもしれない。特にカラオケボックスでビデオロード中の青い画面に顔が照らされて不安になる描写は、まほろを中心にして振り回される渦中なんだけどじんわりとその光景が浮かんできて意味不明に感傷的な気持ちになってよかった。ラストで一気にひとりの語りに収束してしまい、ついていた嘘の行方もわからなかったのは寂しかったかもしれない。この登場人物たちで北海道中を飛び回っていくような話を長編でもいいのでもっと見てみたかったなあという気持ちもある。「『ダメ』になる」という表現を用いて具体的な病名でくくらず、(他人から見たものではあるが)そのありのままの状態を描いているのもよかった。あと夢野まほろってかなり作家の古野まほろっぽい語感だなと思ったりした。

ちなみにここでは叙述トリック(三人称なのでそういっていいのかは判断は微妙)としての留年がでてくる。だんだん全体を読んでいくとこの話では誰が留年する/しているんだ?という視点が入ってきていたので、この調理を施した話が出てくるにはいい順番だった。

 

murashit「不可侵条約」

正直に一読しただけでは何が起こっているかよく分からなかった。「私」の一人称、背後で展開される痴話喧嘩の片方の発言(これが留年百合の関係にあたる?)、ト書きで見せられる店内の様子が順番に綴られていく。一人称の語り手が客席の存在を感知しているような発言が混ざってきて、これは全てが舞台なのかと思ったら客席から「召使」が店内にのぼってくるところでいよいよ分からなくなる。最後に背後のふたりが「客席へと降りていく」のでますます分からなかった。純粋に客席に降りていくところまで含めてすべて舞台の演技なのかもしれないが、最後の一行に会った上演のくだりは解釈しきれない。不可侵条約というのは、三つの立場それぞれが干渉しあわないってことなのかと思ったけどけっこう干渉しあっている。背後の会話のディティールや、なにげない会話が他人の人生の中でどう見えてどう干渉するかみたいなテーマは好きなのでよかったです。

 

孔田多紀 「パンケーキの重ね方。」

ぱらぱらめくったときに見取り図が見えていたのでミステリ要素のある短編だとワクワクしながら読んでいた。前作を読んでない状態なのだけど、ジュブナイルの味がする。真相で夏祭りのエピソードがいきなりとっかかりになる感じとか、あとは影をつかった一人二役とかうまく言えないけどなんかそんな感じがある(DLCを読んだらおそらくトリックに元ネタがあるらしいのでちょっと違うかも)。何も知らないまま読んでいたらいきなり探偵役が高校三年間で世界的な組織と戦っていた設定が登場してかなり笑ってしまった。夜の校舎を語り手と探偵役が歩くシーンとかここがやりたかったんだろうなという感じがする。タイトルの意味は分からなかったのだけど、要素が多い中で自分も音楽をやっていたので結末の描写は好きだった。演奏に身を任せながらいろんな思考や光景が切れ切れに脳の中で接続されていく感じ。ここでは特進コースの子が出てきてギスギスしていたりバンドの誰が留年するのかと思っていたら、まさかの探偵が留年の過去を持つという事実(本筋の謎とは関係ない)が出てきたのでそっちかーい!という変な意外性もあった。見た目の描写が分からなかったのでイラストか漫画とかでも見てみたい。

 

織戸久貴「春にはぐれる」

世界全体が留年しているみたいな話。コロナ禍直撃世代と言われている身なのでくるものがあった。

「どうせ自分は駄目な人間だから~」という姿勢って嫌いがちなのだけど、このラストでこぼされる台詞はなぜか不快にならなかった。これは『またぞろ。』を読んだ時にも感じたことで、自分と似通ったところを感じるから憎めないみたいな感情なのかもしれない。全体を振り返ると最初はまともな語り手が大学で母校のヘンな先輩と再開して~みたいなよくあるっぽい状況から始まるのだけど、世界と同期するように語り手がどんどん心身を悪くして自殺未遂まで行く話なんだなあと思うとラストに希望はあっても重苦しいものである。でもこういうことってここ数年でぜんぜん自分の身の回りでもあったこと、昔からあったけどここ数年で顕在化したことだよなあと思う。「うまく生きられない(その結果としての留年)」というのは雪とか戦争とか抗いようのない世界そのものの停滞と同じくらい、自分の無力さをつきつけられる。勉強とか芸術とか努力でなんとかなりそうに見える?ことを「自分は駄目だから」と言っていると謙遜みたいで気に障るけど(偉そうなことを抜かしてごめんなさい)、この話で述べられるような努力ではどうしようもないような停滞における「自分は駄目だから」ってうん……としか言いようがなくなる。みたいなことを思った。

最後の語り手が投げかける言葉たちとその周りの描写はうまく言えないけど無理にドラマチックなフレーズをねじ込むのではなくて、そういうフレーズから始まって世界が作られているように思った。滞ったままでいることを肯定する、身の回りの小さなスケールから肯定する視点がなぜか心地よくて、もう一度表紙を見ながらしみじみしてしまった。

 

ここからは追加DLC

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入ヶ岳悠「スピン」

ルームシェアしていた友達が留年することを知り別離にショックを受けるが、実は彼女は自分より一学年上であることを隠していて、留年することで同級生になれるのだった。というプロットは水平思考ゲームみたいな、思いつきそうなシンプルなものではある。私はちゃんと騙されて気持ちよく、留年というギミックで別離が反転(それこそスピン?)するのはよかった。途中の留年を隠していて家族とギクシャクしていると姉が告げるとことか、自分が留年をしたときのことを思い出して重苦しかったので真実が分かったときの安心感も個人的にはひとしお。敬語キャラが好きだから各務ゆかりさんがはまったというのもある。

最後に明かされる一学年上だった理由について、各務さんの無邪気な過ちはかわいいと思ったんだけどそれは消費的な目線でじっさいは辛い話ではある。そんな悲しい語りがだんだん照れに変わっていく感じも萌えだった。途中でニイコがゆかりのおかげで見れなかった景色がある、と述べる場面があったけれどゆかりにとってもそれはそうで、この結末はゆかりにとって留年しないと見えなかった景色でもあるんですよね。塞翁が馬感というか、悪いことと良いことって地続きだなということを思った。あとルームシェアの描写も体験したことない身としてよかった。本棚を境目に置いてやりとりするのとか実際やるのかな。隙間から顔がのぞく場面とか生きていてよかった。

 

孔田多紀「listening time-- 木村琴子のASMR日記」

タイトルからして大真面目にASMRの書き起こしが出てくるトンデモな話かと思いきや、先生の衒学的な語りが入ってからいきなり年月が飛び、葬儀の描写でいきなり端正な感じになる。本編で別れた二人が再開していい感じに終わる、不思議な読後感だった。これも最初夢亜のほうが留年しそうになるのでちゃんと留年百合だ!と思いつつ、ASMRの中でも留年百合らしいものがでてきて、最後の最後で語り手が留年したことが明かされるので妙な意外性もあった。巻末で示されていた「胡瓜の絞り方。」も読んだ。こちらもサウナやきゅうりサンド、ドタバタしたやりとりからほんわかした味かと思ったら最後でちょっと苦い感じになっていた。

 

織戸久貴「九単位は多すぎる」

九マイルオマージュ短編。実は今の推理はデタラメでここに穴があって~とオチをつけたり、実際の事件とリンクしていた確証がついてお手柄になるでもなく、あくまで可能性として引き留めることを選択する。その選択が日常の平穏さというテーマに繋がって、私と先輩の関係の終わりをなんとなく予感させる。世界と自分達のとの距離を図る、ぐらつく感覚がなんとなく「春にはぐれる」と重なるようで勝手に本編とのつながりを期待して読んでいた身としてはそこで繋がるんだと勝手に感動していた。

上の感想を書いてから九マイルに関する記事も読んだ。確かに読んでいるとき単位制度に関するやりとりからあの計算のややこしい感じを思い出したのだけど、それがひとつの九マイルの形式への応答になっているのだなー。最後に電話口という5w1hを持ち出したり、過去の物語を並行させるのも工夫といえるのかもしれない。また「瞬きより速く」を読んだときにも感じたこととして、架空の作品、ここでは「七月は密室の練習曲」のタイトルとあらすじが普通に面白そうである。これは単にあらすじを読むのが好きという自分の趣味も関わってるかもしれないけど、架空のあらすじ集みたいなのを読みたくなる。

ところで犯人が逃げたことについて電車とか車という単語ではなくて「地下鉄やバスに乗ってたら」が出てきたあたり京都だなと思ってしまった。あとこのDLC全体の雰囲気として現代の女学生同士の砕けた会話みたいなのがあって、じっさいの会話がどうとかは分からないけど、ボケとツッコミの応酬やジョークの感じとかありそうな質感みたいなのがいい。

 

全体を通してふたつ、ひとつは作者の大学時代の思い出が投影されているんだろうなというところが散見されて面白かった。こう結び付けて書くのは自分の信条には反するけど、個人的な思い入れがあると筆が乗るのもあるんだろうか。もうひとつは留年というテーマの扱い方が十人十色で、お題が決まったアンソロジーってやっぱり面白いなというのを思い出せた。自分の留年経験に対して考え方が劇的に変わったとかそういうのはないが、どんな生活も人に語ってみれば面白いように、どんな留年にも背景があって語ってみれば面白いしあとから意味がついてくるものなのかもしれない、そう思うと少し肯定できるような気持ちも湧いた。よかった。