nikki_20221214「千種創一『砂丘律』」

 

 

千種創一氏による第一歌集が文庫になったもの。有名な歌に「アラビア」という語がふくまれるので海外が舞台なのかなと思っていたが、全編がそうというわけでもなさそうだった。もちろんちゃんとそれを題材にした連作もあるのだけど、日本の地名や国に関わらない生活の断片を読んだ歌もたくさんある。

 

>p263 端末に収めた正確な記録を見返すことは何度あるだろう。(中略)だがそれら意義ある編纂から外され、すっかり忘れられたにも拘わらず、我々の意志を超え勝手に浮上してくる風景を誰もが持っているだろう。(中略)なぜそのシーンなんだろうという、意味も理由も不明だが、異様に輝く断片の数々のことだ。/千種氏の歌は、それらの断片が堆積する領域が自分の中にあるということを気づかせてくれる。

 

市川春子氏の解説には上にようにある。こういうなんでもない記憶は確かにあるし、それを描くということは自分が創作でやりたいことのひとつでもある。もう自分がやろうとしていることは全部やられているなあ、と思ってしまった。別に千種氏がはじめてやったことというわけでもないのかもしれない。ただその「異様に輝く断片」を切り取って輝かせる手腕があるのだなとわかる。

 

なつふくの正しさ、あとは踊り場の手すりに挿していったガアベラ

 

「なつふく」には確かに正しさを感じさせるような響きや印象があり、少し危うさも感じさせる。そこに「ガアベラ」の赤が入ることでより危ない印象を受けた。

 

手のひらに青い花びら溢れさせあとどんだけで足りんだ一体

 

青い花びらが溢れるのと同時に「あとどんだけで足りんだ」という思いも溢れているようでいい。

 

窓際に秋のパスタはくるくると金のフォークが光をかえす

 

駅前に受け取る袋いっぱいの梨の重さへ秋はかたむく

 

蝋燭が吹かれた一瞬、聖堂の形に闇がふっと固まる

 

たとえば3つ目は「一瞬」と「聖堂」のあいだが58/577になっている。ここで切れることで唐突な間が生まれてふっと火が消えた瞬間を想起させる。パスタを巻くとき、梨を受け取るとき、こういう生活や出来事の一瞬を韻律にうまく収めた歌が多くてよかった。