直近で読んだふたつの歌集について。
枡野浩一『毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである 枡野浩一全短歌集』
小学校のとき『ドラえもん短歌』を読んだことがあった。有名な方なのでそのときから存じていたし、いわゆる「短歌ブーム」の中で誰かに引用されていたりで何度も名前を見ていた方。難しい修辞や暗喩もなく、キャッチコピーのように分かりやすい歌が並ぶ。分かりやすいからといってポジティブではなく、ストレートに負の感情を詠んだものもある。私はどちらかといえばこのような歌は好みではないのだけど、現状ではかえってこのような率直な歌を見かける機会も少ない気がして楽しく読んだ。
収録された往復書簡で俵万智氏が「枡野さんは連作向きではなく一首勝負の歌人」と評し、歌について「作者名がどうでもいい、と言ったら言い過ぎかもしれませんが、すでに読者のものという顔つきなのです。」とも評していてなるほどと思った。
「じゃあまた」と笑顔で別れ五秒後に真顔に戻るための筋肉
それを見る僕のたましいの形はどうせ祈りに似ていただろう
新人賞選考会の議事録の話し言葉の美しくなさ
しなくてはならないことの一覧をつくっただけで終わる休日
本人が読む場所に書く陰口はその本人に甘えた言葉
今ここにタイムマシンがあったって乗り遅れたりする私です
安井高志『サトゥルヌス菓子店』
31歳で急逝した詩人の歌集。身近な単語の組み合わせで描かれた幻想的な絵本のような歌集だった。聖書っぽさというか、静謐な印象がある。「ソーダ」という単語が頻出する気がする。もともとほかの人のブログで紹介されていて引かれていた歌が好きだったので読んだのだけど、よかった。
うしなわれた水平線へ夜は果て桃は剥かれたソーダ水のアリア
錠剤の飛び散る夜は心臓のためにささげるフォンダンショコラ
月曜はわたしをきらいな先生がうさぎ殺しの罪をあばく日
初夏のシトロンソーダを振り撒けば風にたなびく真っ白なシャツ
雨の中の廃都かすれた歌声ですがりつづける標本少女
廃棄所のブラウン管の画面から、しろく、しろく、しろく薄雪
きみのための深夜放送こわいのはわたしがみんな食べてあげるね