マジカルミライ2021楽曲コンテスト楽曲感想—「First Note」「密かなる交信曲」について―

 

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はじめに 

 遺失物届と申します。本稿は初音ミク「マジカルミライ 2021」楽曲コンテストにおいてグランプリ、準グランプリに選出された楽曲を複数人で分析する、という知り合いの方が企画してくださったものの一端です。当記事では私がグランプリから「First Note / blues」、準グランプリから「密かなる交信曲/濁茶」について担当し、感想を述べられればと思います。私は歌詞に注目して曲を聴くことが多いため、文章も歌詞に重点を置いたものになると思います。それではよろしくお願いいたします。

 

 とここまで書きましたが、上記の企画が無くなったため個人的に載せることにした次第です。なぜいま2021の楽曲を、というのはこの理由からです。拙い内容であるという自覚はあるのですが、書いたものとして残しておきたいため、ここに公開します。それでは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

First Note / blues

 

 

 

 

First Note…音楽について

 まず4つ打ちではなく8分の6拍子であるという点で独特であり、それを生かしたゆったりしたリズムと曲調になっている。用いられている楽器も歪ませたギターなどではなく、ピアノやストリングスなどアコースティックな音色が多用されている。結果、優しい印象のサウンドになっているのだ。blues氏は他楽曲においてもこのような楽器を用いているが、それに優しい歌詞と8分の6拍子が合わさり、さらに穏やかな楽曲が完成したといえるだろう。

 ベースの動き方など、ジャズっぽさを感じる部分があるが、過去に「ことばのおばけがまどからみている」などを製作したフロクロ氏がTwitterでblues氏の「メラブシ」について言及していた。彼はコード進行の面からこのように絶賛している。私は音楽理論にそこまで明るくないが、本楽曲でもBメロからの転調等があり、コード進行の工夫が用いられていると分かる。

 

 

 

First Note…歌詞について

 歌詞から推察するに、全体的に初音ミク」がこちらに語りかけるような内容になっている。以下、最初から順番に歌詞を見ていくこととする。

 

 

 

1番
初めて会った時のこと 貴方は覚えてる?
見えないモノを象る夢に 心を跳ねさせた
垢の抜けた歌も 今は当たり前になって
飾り付けた世界だけが ただ鳴り響いて

忘れていた衝動に 耳を澄ませてごらん
私は何を歌えばいい? 何を歌ってほしい?

この声が 今ここに在るその意味を
もう一度 そっと輪にかけて唱えてみて
音の葉を紡いでゆける尊さを
胸に記して 指で弾いて 奏でる first note

 Aメロは出会い~現在までのことを描いている。直接的な表現を用いず、「見えないモノを象る夢」「飾り付けた世界」などの暗喩的な表現が多用されていることが分かる。

 ここでBメロに入ったところで「忘れていた衝動に 耳を澄ませてごらん」と直前に述べた「飾り付けた世界」に疑問を呈するような歌詞になる。転調も相まって注意を惹かれるようになっているのではないだろうか。そしてこちらに問いかけるような歌詞が続いてサビへ。

 サビでは「音の葉を紡いでゆける尊さ」を問うようなものとなっている。さいごに「first note」でタイトルが回収されるが、私はここにおける「first」が「最初に立ち返る」のような意味合いであると感じられた。

 

 

 

2番

飾り気のない世界だけに ただ恋をしてた
見えないモノが 視えてしまう寂しさも知らずに
嗤われていた歌も 今は懐かしいけれど
このままで良いのかな なんて考えてばかり

音は永遠(とわ)に 未来へと木霊してゆくから
私はもっと歌いたい もっと歌わせてほしい

この声が 今ここに在るその意味を
何度でも そっと輪にかけて唱えてみて
初めてが揺れ続くのを感じるでしょう
心配ないよ 貴方はちゃんと歩いているよ

 

 一番の「飾り付けた世界」と対応するようにして「飾り気のない世界」からAメロが始まる。「見えないモノが 視えてしまう寂しさも知らずに」についての解釈は分からないが、「嗤われていた歌も 今は懐かしいけれど」は世間の反応などを振り返るような歌詞であろう。

 Bメロは1番で疑問を呈したのと反対に励ますような内容となっている。1番では問いかけていたが、ここからは「歌いたい」「歌わせてほしい」と訴えるような言葉が続く。それに伴ってサビへと高まっていく楽器群の演奏も歌詞に説得力を持たせていて素晴らしい。

 サビの前半は1番と同様だが、後半では「初めてが揺れ続く」のを感じて歩いてほしいと応援するようになっている。この「初めてが揺れ続く」という歌詞が秀逸だと個人的に感じた。まさに揺れるような8分の6拍子に乗るからこそ、説得力がある。そして私はこれを「初期衝動」の言い換えだと感じた。衝動という激しいものをやさしい言葉選びで表現していてよい。

 

 

 

Cメロ~ラスサビ

居場所をずっと探してた私たちを
その手でそっと包み込んでくれた
あのテレパシーは確かに受け取られて
植えられた木は遥かに大きく育った
光はまた照らし出され 言葉の風が息吹く
愛ならもう間に合ってる
だから 音の葉を紡いでゆける尊さを
胸に記して 指で弾いて 奏でる first note

lalala…
心配ないよ 私たちなら歩いていけるよ

 

 いったん伴奏が静かになり、ピアノとボーカルのみになってCメロが始まる。静かではあるが。ここからがこの歌で最も特徴的な部分であり、過去のマジミラにおけるテーマソングを引用した歌詞となっているそうである。ほかの詳しく解説されたツイートがかつてTLに流れてきて私はそれを見かけた記憶があるのだが、今回は見つけることができなかった。改めて調べたところ、同じ言及をしている方がいたのでこのツイートを引用する。

 

 

 この仕掛けについて私は自力で調べ、そのあとでこのツイートに気づいて答え合わせのような気持になったのだが、過去の歌詞との符合を見つける度に感心してしまった。このような他曲の歌詞をさり気なく引用するという技術は歌においてよく見られる。しかし「first note」におけるそれは、くどくない程度の短いフレーズから感じさせ、自然な歌詞として引用、さらに新たなメッセージを再構築している点が秀逸である。これはひとえに聴く人を信頼し、説明しすぎない技術であると私は考える。読み取ってくれる人がいることを信じ、暗喩を多用する匙加減が上手である。

 

 

 

First Note…タイトルについて

 最後にタイトルの「first note」だが、これは直訳すると「初めのnote」である。noteの意味を英辞郎で調べると様々な意味が出てくる。これをもとにいくつかの解釈をすることができる。

・noteは「音符」の意味なので「初めての音」「最初の音」という「はじまり」のイメージ。また「初音ミク」の「初音」の訳ともいえる。
・noteは「言葉」の意味でもあるので「初めての言葉」「最初の言葉」ともいえる。そこを思い出してほしいという1番の歌詞とも対応している。

 全体的に優しい曲ながら1番の問題提起や未来へ続くラスサビ等、訴えかけるような強いメッセージ性を秘め、かつ聞き心地もよいという素晴らしい曲だと感じた。以上でfirst noteの感想を終わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

密かなる交信曲 / 濁茶

 

 

密かなる交信曲…音楽について

 この曲は「first note」の8分の6拍子と対照的に4分の4拍子を生かしたマーチ風の楽曲となっている。ノリのよい裏拍を刻む楽器もあることで、踊れるようなリズムの良さがある。しかし用いられている楽器や効果音はおもちゃ箱のようで賑やかさのある雰囲気になっており、優しいサウンドなのはfirst noteと共通する部分ではないだろうか。

 初めて聴いたとき私は個人的にこの曲が好きだと感じたのだが、それは彼の楽曲からSAKEROCKの影響が見て取れるからだろう。SAKEROCKとは星野源率いるインストバンドであり、2015年に解散している。私は彼らの楽曲が好きだった。その特徴として、トロンボーンマリンバを主旋律に用いた楽曲がある。濁茶氏の「トロイメライの子」イントロにおける二胡マリンバの旋律からはその影響を感じざるをえない。彼らの曲と聴き比べると分かるかもしれない。実際、濁茶氏はTwitterで彼らについて言及している。

 

 

 ほかにも彼のルーツとなった音楽は複数あると思うが、その一端としてSAKEROCKがあるのは確実だろう。この「密かなる交信曲」のマリンバやAメロに入る直前の旋律からも、その影響を私は感じたりしている。

 

 

 

密かなる交信曲…歌詞について

 この曲は初音ミク→僕らへ語りかけるのではなく、僕ら→君(初音ミクもしくはボカロ全体)への思いを綴ったものだと推察できる。これも最初から歌詞を見ていくこととする。

 

 

 

 

1番

部屋の端から始まる日々を
ただ繰り返す毎日のストーリー
知れない 知らないままで生きていく
感傷も 貧相な瞳に吸われてくだけの

死なない歌はあるかな?
馳せるだけなら無料の想いも
少しだけ手が届きそうだと
やってきた 君は
人間と似てるような 波間から

1人で歌っている 歌ってくれる
出せない声は 消えない君と線を引く

続く道の正体を かげる後悔を
ひとつずつ解いたら
いつも浮かべないままの
僕の声たちは 君になって届くだろう
星の裏まで

 

 これもFirst Noteと同じく、出会いからのことが描かれている。韻を踏んだ言い換えが多用されている点が特徴的である。「知れない 知らない」や「感傷も 貧相な」、「歌っている 歌ってくれる」ときて「出せない声は 消えない君と線を引く」でサビへとつながる。この「出せない声は 消えない君と線を引く」という言い回しが秀逸である。自分では出せない声、それをボカロという消えない存在とともに、ピッチ等の線を引いて歌わせているとも考えられる。コンパクトな言い回しにまとめていてすごい。

 

 

 

2番

毎秒すぎさりゆく焦燥は
見えないまま僕らを攫う
初めて作ったあの音楽も
案外と いいもんか
とても聴かせられないけれど

いつでも僕らを繋ぐ
電波の先に意味があるなら
それは遠くても隣にいる
伝わんない感情は いつだって
面と向かっても そのままさ

 

 2番はAメロのみで終わり、ギターソロへ移行する形をとっている。音楽的な話になってしまうが、ここからのソロが軽快で好きである。歌詞では、曲を作っている主体のことが語られている。最後にある「伝わんない感情は いつだって/面と向かっても そのままさ」というフレーズは、伝わらないものは伝わらないと割り切るようなもの、だと解釈できる。マーチ的な曲調と絡めると、割り切って進むような潔さが感じられてよい。

 

 

 

Cメロ

見比べて凹んだりして
窓の言葉が微笑んで

砂になっても 変わらないのは…
聞こえてくるだろう!

毎秒を囲う愛の中
君の差異の中 探している迷子を
希望の隅で 前を見た
ただ描いていた 碧い声と未来を

 

 まず「見比べて凹んだりして/窓の言葉が微笑んで」はおそらくニコニコ動画への投稿を指していると解釈できた。「窓の言葉」は流れるコメントではないだろうか。この暗喩も主張しすぎない程度になっていてよい。そして「砂になっても」は「砂の惑星」を意識しているのかもしれない。

 「囲う愛の中」「君の差異の中」、「前を見た」「ただ描いていた」、「探している迷子を」「碧い声と未来を」などの韻を踏みつつ気持ちがよい歌詞が続き、歌はラスサビへと向かう。

 

 

 

ラスサビ

空想 魔法が見えるなら
逢えぬ法ならば それもそうさと思うだろう
別つのが間合いならば むしろオーライ
今も僕らを繋ぐ

続く音の正体を 光るアイデア
ひとつずつ解いたら
いつも浮かべないままの
僕らの声は 君になって響くだろう
胸のどこかへ

 

 ここも韻をたくさん踏んでいるが、「~なら、だろう」「~ば」など英語における仮定法のような構文が多用されている。これは旋律にも対応しており、「ならば」の時点で一番音程が高くなり「だろう」に向かって音程が下降していく。ゆえに自然に聞き取れるのではないだろうか。そして「それもそうさ」「むしろオーライだ」など前向きな語彙が多用されている。

 

 

 

密かなる交信曲…タイトルについて

 タイトルは初音ミク「マジカルミライ 2019」楽曲コンテストの「ある計画は今も密かに」を意識していると思われるが、偶然かもしれない。「交信曲」は当然「行進曲」のもじりだが「交信」というのは僕たちと君(ボカロ)の関係性を指しているのだと思われる。交信しながら未来へと行進していくという楽曲なわけだ。

 

 

 

 余談だが、調べると石風呂氏がこの曲をTwitterで共有しており、そこで濁茶氏とやりとりをしていた。濁茶氏はボカロPを始めて7年ほどだと過去に述べていたが、そこでボカロを初めて作ったきっかけの人、しかも「初めて作ったあの音楽」という歌詞があるこの曲で取り上げられるのは素敵なことであるといちファンながら感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さいごに

 

 以上、2曲について分析した。「First Note」は強いメッセージ性を持ってこちらに問いかけてくるが、「密かなる交信曲」は今を肯定しながら前へ進んでいくような楽曲である。「初音ミク→僕ら」「僕ら→初音ミク」という歌詞の対称性、またメッセージ性の強さと韻の多用、3拍子と4拍子など両者を比較することで見えてきた点もあった。このような多様な曲を選出してくれるのもまた、マジカルミライ楽曲コンテストの懐の広さと言えるのではないだろうか。ここまでお読みいただけたことに感謝する。ではまた。